社会 / SOCIETY
広島をどう描くのだろう
政界往来 公開日時:2017-09-15
また今年も、「広島の日」が巡ってきた。
◆祈りをささげる日
その昔、野球記者をしていたころ、広島に出張すると、一日は平和記念公園を歩いた。
原爆ドームの空を見上げ、丹下健三デザインの平和記念資料館では言葉もなく立ち尽くす。少し重たくなった心を元安川の風が癒やしてくれ、ようやく電車通りを渡って、広島市民球場に歩みを進めるのだった。
義父は、原爆死没者名簿にその名が記載されている。
埼玉県生まれの埼玉県育ち。若い一時期、ほんの少しだけ広島に滞在した。そのとき、「あの日」に遭遇した。
翌日、軍務によって広島市内に派遣され、被爆された方々の救護にあたった。
義父から直接、当時の様子を聞いたことはない。娘に語り聞かせた阿鼻(あび)叫喚のさまを、「兵隊さん、水をくれ」と、か細く訴える被爆者の声がいまも耳に残っているという話を、また聞きしたにすぎ… → 続きを見る
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