メインメニュー 政治政治のページへ経済のページへ社会のページへ文化のページへメインメニュー 政治

政治 / POLITICS

本土決戦を主張した阿南陸軍大臣 私は「腹芸説」を採る

政界往来2  公開日時:2015-08-16

 

 日本では、昭和天皇の玉音放送が流された1945年8月15日が「終戦の日」だが、米国では、戦艦ミズーリの甲板上で降伏文書への調印が行われた9月2日が、「VJ-Day(Victory over Japan Day=対日戦勝記念日)」である。

 同年7月26日に出されたポツダム宣言は、日本政府への「条件付き降伏」の要求だった。詳細は以前の連載で書いた。

 ドイツと日本の「無条件降伏」にこだわり続けたのは、ルーズベルト大統領である。一方で日本は「国体護持」にこだわり続けた。

 国体とは、天皇を中心とした日本古来の国家体制を意味する。政府は降伏後の国体護持が保障されなければ「本土決戦やむなし」と考えていた。新聞は「一億総玉砕」などと民衆をあおった。

 ルーズベルト大統領は、母方の一族がアヘンを含む対中貿易で財をなした影響か、「親中憎日」だった。開戦前の日米和平交渉と同様、戦… → 続きを見る


続きは会員様のみお読みいただけます。

 

会員の方は、こちらからログインしてください → 会員ログイン

 

会員登録をすると、続きをお読みいただけます → 会員登録

 

区切り線