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社会 / SOCIETY

流 転 ― 水野健・波瀾万丈の半生 #7(前)

公開日時:2014-12-02

 

流 転 ― 水野健・波瀾万丈の半生   #7(前)

茨城カントリー事件の“真実”

■特捜部が描いたストーリー

 絶頂期である。その先に“落し穴”が待ち構えているとは、水野ならずとも努々思わなかったに違いない。
 91年に発覚した「茨城カントリークラブ事件」だ。水野は52000人の会員を募集し、1200億円の資金を集め、翌92年に144億円の所得を隠し、57億5000万円を脱税したとして、法人税法違反で逮捕されるのである。
 この金額が、当時いかに衝撃をもって受けとめられたかは、この事件をきっかけにゴルフ会員権の乱売を抑制するゴルフ会員権契約等適正化法が成立したことが物語る。
 これについては後で詳しく述べるが、問題の舞台「茨城カントリークラブ」だ。
 同ゴルフ場の土地約30万坪のもともとの所有者はトキワゴルフだった。同社の和田忠社長と知り合いだった水野が、和田に該地を買ってくれと頼まれたのが、そもそもの出発点だった。
 それを30億円で購入した水野は、新しく設立した「常陸観光開発」で開発許可を取った。その後「市川造園」が造成する計画だった。同社の社長・市川金次郎と水野はこれまで二人三脚でゴルフ場開発を進めてきた仲だ。
 そんな状況下、会員権販売業者の「三輝」丸西輝男社長が、熊谷組の篠原副社長(横浜支店長)を伴い水野の元に来訪し、
「あそこのゴルフ場は自分がやりたいので、ぜひ売ってくれ」
 と頭を下げるのだった。
 購入金額は150億円である。水野が買った金額は30億円。それが1年も経っていないのに5倍だ。
 しかも、
「熊谷組が造成・完成させて、支払いは熊谷組が保証する」
 という1部上場会社・熊谷組の保証付きである。水野ならずとも、売却を決意したのは分ろうというものだ。
 しかし三輝としては初めてのゴルフ場の経営である。このため水野は、三輝になにかとアドバイスを与え、側面から力を貸した。
 たとえば有名な、プロゴルファー、ヒューバート・グリーン。水野は丸西に彼を紹介した。それで、茨城カントリークラブはヒューバート・グリーンの設計・監修という箔を付けたのだった。
 また水野は、丸西が総勢20名以上を引き連れてアメリカに来たときには、ラスベガスで彼らに大盤振る舞いの接待を施した。
 水野の丸西に対するこうした接し方に加えて、いまや業界にその名が浸透している“売り出し中”の水野健だ。片や“一介”の会員権業者である。
 勢い、世間にはこう映る。
 親分―子分の関係だ。実際丸西は逮捕後、そんな世間の評価を逆手に取って「すべて水野の命令で動いた」と検察に供述しているのである。
 しかし繰り返して言うが、水野は茨城カントリーを三輝・丸西に売却しただけだ。52000人もの会員を募集して1200億円の資金を集めたのは、すべて三輝・丸西だ。
 話は前後するが、茨城カントリークラブの発会式が、みのもんたの司会で新宿・京王プラザホテルで繰り広げられた。各界の著名人が列席した会場、そこには水野の姿はなかった。
 これは、水野が同ゴルフ場および三輝とは「関係ない」というひとつの証しだ。
 ちょうど同じ頃、水野は千葉県大栄町で土地を地上げし、ゴルフ場開発(大栄カントリー倶楽部)の認可を取っていた。また千葉県千倉市にある「千倉カントリー倶楽部」を、大松物産から70億円で買収した。
 三輝・丸西は野心むき出しに、この2つのゴルフ場にも目を付け、これまた売ってくれと水野のところにやって来た。これも熊谷組の保証付きであり、水野は即座に売却したのである。
 つまり水野は、ほぼ同じ時期に3つのゴルフ場を約450億円で、三輝に売却したことになる。
 問題は金の流れだ。茨城カントリークラブの分150億円は、確かに水野は受領した。だが、そのうち100億円は4.56%の金利で、10年後の償還期までの借入れ金とすることを双方で合意した。
 それは決算書に記載されている。つまり水野は50億円の所得に対して20億円の税金を支払い、残り100億円は借入れ金として計上したわけで、それは京橋税務署も認めたことだ。
 ちなみに、大栄町と千倉町の2つのゴルフ場の売却代金は、この時点、さらにその後も支払われていない。
 それが平成4年、150億円の脱税と認定されたのだ。しかもこれは4年前の平成元年のことだ。東京地検特捜部は4年前の案件をむし返して事件化したのである。
 特捜部の見立てはこうだ。
「100億円は支払う意思はない。あくまでも形式的なもので、150億円の所得があった」と。
 さらに特捜部は証拠も開示せずに、そのほかにも収入があったというストーリーを作り、水野を攻め立てた。
 なんとも腑に落ちない荒唐無稽な解釈だ。これに対して水野は抗弁するも、経理担当の島田は検察の書面にすべてサインし、また三輝・丸西は特捜部の言い成りになる。
 特捜部は“内側”から崩していき、描いた絵図通りに導いたのである。
 話は横道にそれるが、検察と国税の間では脱税額が5000万円以上は起訴する、という内部基準がある。
 平成2年、大阪地検特捜部が摘発した脱税請負事件。脱税請負人Oが、税理士法違反容疑で逮捕された。
 Oはわずか2年間で、約100件の脱税工作を請け負い、合計5億円の報酬を受ける一方、税務署幹部らを供応した。
 Oの脱税額は少なく見積もっても、1億数千万円にのぼっていた。つまり起訴ラインを大きく超えていたのである。
 ところが、地検はOが得た報酬の半分を顧客からの借り入れと認定。さらに税務署職員の供応に使った2億円余を経費として認め、脱税額を5000万円以下に減額した。
 そして大阪地裁はOに対して懲役10ヶ月、執行猶予3年の判決を言い渡したのである。
 このOの代理人が“ヤクザの守護神”と言われた辣腕弁護士・田中森一だ。
 検察と国税に絶大な情報ルートを持つ田中の面目躍如で「まさにマジックだ」と田中の評価が一段と高まったのだった。        (つづく)

 

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