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政治 / POLITICS

原爆はなぜ長崎に投下されたのか

政界往来  公開日時:2014-08-17

 

長崎における被爆体験と対核防護の勧め

 私は、1945(昭和20)年8月9日に長崎で被爆した。魔の11時2分である。

 家族の中で母と私は、爆心地から1500メートル地点で場所を異にして被爆し、私が最も重傷を負った。家族は、皆心身ともに傷を負ったものの幸運にも全員命拾いした。しかし現在は、長崎で同時に被爆した両親も姉も兄もこの世にはいない。

 一緒に遊んで被爆した友人の母親は、浦上川で洗濯中に被爆し、黒焦げの遺体が川で発見された。亡くなって10数年後に知った、年下の親友も3年後に帰らぬ人となった。友人の死を知った後、私は、8月9日11時2分に毎年黙祷を捧げている。被爆時、私は10歳だった。

 子供心に「原爆はなぜ長崎に投下されたか?」という疑問を抱いた。

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