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社会 / SOCIETY

「アーバン・鹿島・東急不動産」暗躍する伝説の地面師・橘田幸俊

編集部  公開日時:2013-02-13

 

再び動き出した“伝説の地面師”橘田幸俊【1】

“いわくつきの男”橘田幸俊の「黒い履歴」

 かって「愛時資」という会社の疑惑で、マスメディアを騒がした橘田幸俊。その後も、数々の経済事件に登場した“いわくつきの男”だ。その橘田の動向はしばらくの間、トンと伝わってこなかったが最近、再び動き出したという。綿密な取材をもとに、その詳細を数回にわたってレポートする。 (敬称略)


 ときはバブル時代、「愛時資」なる不動産会社があった。
「主にゴルフ場開発を手掛けて、当時、馬頭ゴルフ倶楽部、富士中央ゴルフ倶楽部、東京財資ゴルフ倶楽部などを運営していた」(フリージャーナリストM氏)
 この奇妙な称号の会社、圧巻はその役員だった。財界のビッグネームがキラ星のごとく名を連ねていたのである。

 これだけでも耳目を集めたのだが、92年11月に暴力団関係者とともに、同社の副社長でゴルフ場の実質的オーナーである橘田幸俊が逮捕され、マスコミを賑わした。
 前出のM氏が話す。
「愛時資の会長は松井凡太なる人物で、松井は平和相互銀行が住友銀行(当時)に合併された時、暗躍した人物。闇のフィクサーとして知られた川崎定徳の佐藤茂の側近で、橘田も佐藤茂の番頭的存在だった。
 問題の事件ですが、富士中央ゴルフ倶楽部の用地買収に絡み、静岡県警富士宮署が暴力団G組の関係者と橘田を国土法違反容疑で逮捕した」

 つまり橘田は、当時、広域暴力団Y組の最強武闘派集団と言われていたG組と手を組んで、ゴルフ場開発を展開していたことが明らかになったのである。
 いずれにしても、この事件は愛時資・橘田幸俊と暴力団との深い結びつきを白日の下にあぶりだしたと同時に“企業舎弟”という言葉を、広く世間に知らしめたものだった。
 その… → 続きを見る


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